50年先の日本昔ばなし

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少年の朝

一人の少年が朝日とともに畑を耕していました。馬小屋のボロを掃除し藁をふんわりとほぐし、水を変えました。隣の鶏舎からは賑やかなニワトリの鳴き声が響き渡るいつもの風景。少年は朝露に光る野菜を収穫し、間引きした小さなニンジンをその場でかじります。夕べの語らいがあまりにも楽しくて、少年はニヤリと思い出し笑いをするのでした。

今日もばあさんの話の続きを聞きたいな。それに、物干し台が高くて手が届かないって言ってたし、朝飯が済んだらばあさんの家に行かなきゃな。

「おーい、くにー!朝ごはん、できたよー」

お。飯だ飯。腹へったな~。朝飯前のひと仕事でエネルギーがすっからかんだわ。

食堂では寮母の空さんがテキパキとした声を飛ばしています。

「ほらほら、ダイチはテーブルを拭いたらお皿を出して。サタケはご飯をよそう当番じゃなかったの?ことみはまだ起きてこないの?はるか、声をかけてきて・・・」

今朝も、うるせー食堂だよ。もっと静かな朝餉にならんもんかね。

「くに、シャルロの毛が付いてるよ」

と、七瀬が少年の肩の白い馬の毛をつまんでごみ箱に捨てました。

「お、ありがとな」

「さーあ、大体の人数がそろったわね。じゃあ、みんな、召し上がれ!」

「いただきまーす!」

みんな腹ペコだ。一斉にかっこむ。空さんのみそ汁は、超うまいんだよね。野菜もたっぷり入ってて。これだけで、満足だよ。あとは、海苔と、この漬物な。コメは俺らが丹精込めて作ったんだよ。うめーなー。

「ねえ、くに。今日、あんた、また車の整備するんでしょ?はるこが整備手伝いたいって言ってるから、面倒みてやってよ。」

七瀬が上目遣いに言ってくる。やべえな。俺、こいつの頼み、断れないんだよ。だけど、今日はばあさんの物干し台を見に行ってやらなきゃな。

「・・おれ、飯食ったらばあさんの物干し台の高さを見てやりたいんだよ。車の整備は、やるにはやるけど、いつになるかわかんないよ。」

「また、そんなこと言って。はるこも整備士の試験近いんだから、何度も練習させてやってよ。もう2度も試験に落ちてんだからさ。車の整備工、足りてないでしょ、この村。ああ、もうっ。もっとみんな、どこのパーツをつなげなきゃいけないかって考えてほしいわ~。」

「だから、ばあさんの物干し台のパーツになろうとしてんの、俺。わかる?」

「はんっ!物干し台はあんたより、ダイチの方が得意じゃん。ダイチに行ってもらいなよ。 ねーーー!ダイチ!!」

「おっ、おいっ おいっ!!勝手に決めるなよ!俺は今日、ばあさんに会いたいの!」

ったく。七瀬、お前はこの村のディレクターかよ。俺の好きにやらせてくれよな。俺はね~。今日は、ばあさんに会いたいんだ。

ばあさんが夕べ話してたこと。この村の始まりの時代の事、約50年前。2020年の頃、誰もが疑問を持たずに同じことをしてた時代っていうやつ。あれ、やべえよね。びっくりしたわ。平成っていう時代?いまでは考えられないような孤立自助都市時代だったって。そんで、そっから改革の時代ってのが、令和で、たった50年前だっていう。それでいまの、この共助小規模村時代だろ。すげーよね、信じられないわ。どんな社会構造だったんだろうね。

50年前

50年前の2020年って、いまでは想像つかないような生活の仕方だったみたい。18歳まで学校で教科書読んで覚えるっていう時間をずっと過ごしていたとか??それを卒業して、就職して、何年も下っ端みたいなことをして……。一日13時間くらい働いていたって。やべえよね。それ、労働搾取制度ってやつだろ。若いやつから時間を奪い取るっていう。悪名高い資本主義の基本構造。図書館で読んだことあるぞ。近代経済史の教科書。

そんでもって、結婚が30歳とか、それより後だったりする人も多くて、子どもが少なくてって。まじかよ!なんでその年まで、女も男もパートナーがいないのさ。あっちは、どうしてんの??? 俺、考えられねーわ。

おっと!!下世話、下世話。

なんかさ、本で読むのと直接聞くのとはね、、、物語の世界だったのが、ばあさんから聞いたら、リアルだったんだなって実感したわ。それにしても13時間の仕事ってなんだったんだろうね。食糧を自分で作っていなかったんだろ?どうやって生きてたんだ? 全然生活の仕組みがわかんないわ。なんだろうな~。すげー知りたいの、その時代のこと。ちょっと前のことなのに、今の世の中とまったく違う社会。

それに、なんだか、ばあさん、昨日元気なかったんだよなー。それも気になる……。だから、今日は七瀬の頼みは断らせてもらうぞ。

焼き芋の匂いとばあさんと

「物干し台の高さ、このくらいでいいか? 使いにくいことないか、やってみてよ」

 俺はばあさんのところで、物干し台の足元を切って高さを低くしてみた。

「あらぁ、いい感じじゃない。手が届くわ。こりゃ、いいわ。自分でまだまだ洗濯はやりたいからね~。これは、助かったわ~。 くに、ありがとうね。焼き芋がおいしくできたから、食べていきんさい。」

「おう。それはよかった。ありがとな。結構集中してやったから腹が減ったわ」

俺は道具を片付けて手を洗い、机を挟んでばあさんと向かい合せに座って焼き芋に手を伸ばした。

あったけー。いい匂い~。新聞にくるまっている焼き芋はホカホカで、新聞のインクと焼き芋の香ばしい匂いとが、俺の心をくすぐった。

ばあさんとは、作物のこと、寮生活のこと、ばあさんの離れて暮らす旦那さんのこと、週末の映画会のこと、正月前のしめ縄会のことなど、話した。・・・あれ、肝心な50年前の話が聞けてないじゃない。

と聞こうとしたら、先にばあさんが話し始めた。

「・・・くには、整備工のほかにやりたいことがあるみたいだね。」

おや。俺の話かい。

「別に~。特にやりたいっていうわけじゃないけど、歴史が面白くてさ、いろいろ本とか資料とかを読んでるっていうだけだよ」

17歳の俺

「そうかい。いやね。この村、いま整備工が足りないじゃないか。まさとじいもそろそろ、老眼がひどくて、細かい作業できないっていうし、整備工が途切れないように若い世代を育てなきゃって言ってたのよ。だから、あんたみたいな子が希望なのさ~。」

 ばあさんは、俺に向かって顎をしゃくって言った。

「ええ?そう言うなよ。俺、まだ17歳だぜ。俺は、まだ整備工でいこうっては思ってないよ~。20歳のマスターシューレで、別の道に進むかもしれないぜ。俺ね、近代経済史ってやつに興味あってさ。あと、歴史。空さんがいつも言ってるんだよ。「過去に起きた人間が関わるあらゆるものを物語の形にして自由に考えられるから歴史はおもしろい」って。意味が難しくてよくわからないんだけど。なんか、気になるんだ。」

俺は手にしている焼き芋を顔に近づけ、温かく湿った新聞紙の匂いをすうっと嗅いだ。

「・・・物語の形にして自由に考えられるって、どういう事なんだろう・・・。あ、あとさ!歴史って、もう結果が分かってるじゃん。だけど、もし、ある出来事が起きた時点で、違う選択をしていたら、歴史はどう変わっていたのか、って空想するの、おもしろいんだよー。」

ばあさんは、

「あははは。空はじょうずに自分の後輩を作ろうとしてるわな。私らの年になるとね、自分たちがやってきたことを誰が引き継いでくれるだろうって、思うものさ。くには見込みのある子だからね。みんな、自分の後釜にしたいのさ」

「おっ。うれしいこと言うねー。だろ?俺ってば、役に立つだろ!?」

「あははは。そうそう。・・・くには気持ちがいいくらい明るくて前向きだから。誰にも渡したくないくらいだよ」  

お、おいおい。どうしたばあさん。いつもなら、調子に乗るんじゃないよって言うのに、今日は妙にしんみりしてんな。

旅立ちのとき  序章

「どうした?ばあさん。なんか、ちょっと元気ないんじゃない?何かあったの?」

そう言うとばあさんはちょっと一呼吸して、お茶をすすって言った。

「もう間もなく、なえおばあにお迎えがきそうだよ」

・・・あ、そうだったのか。それで、ばあさん、元気ないんだね。

「なえおばあ、、ついにかー。すげー元気だったよね。まだ、この夏も花火見に来てたよね。いくつだっけ? 110歳? すげー」

「でしょう? あの年まで、あんなに元気で好きなことをして過ごして。私もあんな風に年を取りたいもんだよ。それにしても本当に、急なことなのよ。具合が悪くなる前の日までたんぽぽハウスでご飯も食べて、子どもたちの見守りもやっていたんだよ」

「へー!そうだったんだな。で、なんでなん?」

「そりゃ、年だからでしょ。急に熱が出たとかで。隣の町の入院病院に行くかって聞いたけど、このままホームで最期を迎えたいっていうんで、病院にいきっこなしだったんだって。立派だよね」

「そか…。なえばあさんに会えるのかな?」

「くにも最期に声をかけてきてあげて」

******

「なえおばあ、 喉が渇くよね。 お口、ぬぐおうね」

俺がたんぽぽハウスに来てみたら、七瀬が来ていた。いままさに命を閉じようとしている、なえおばあの口元を湿らせたガーゼで拭っていた。見知った顔が入れ替わり立ち代わりベッドの横に来ては、なえおばあの手を握って言葉をかけていた。たんぽぽハウスは今日は来訪者が多い。皆、今日が本当にお別れの日になるだろうって、わかってる。この村じゃ、みんなが人が亡くなる瞬間を見てきているから。俺の目でみても、なえおばあは、今日が最期だな。俺は、最期になんて声をかけようか。 涙で濡れに濡れた顔をあげて前の人が俺の顔を見た。俺の番だな。

嘉分村(かぶんそん)

「七瀬、今日は俺から逃げるなよ。村を出るってどういう事なんだよ。俺、なんにも聞いてないぞ」

 いつも俺から逃げてるように見える七瀬をようやく掴まえて、問いかけた。七瀬は、しょうがないわねーっていうけらっとした顔で

「なによ、逃げてなんかいないわよ。忙しくて話してる暇がなかっただけじゃない。そうそう、くににも伝えないといけなかったのよ。八辺村にいくの3月半ばになったよ」

「なっ! なにが3月半ばになったのよ、だよ! 俺は、そもそもそんな話は知らねーよ。なんで、そんなことになってんだよ。どうなってんだよ。お前、この村のディレクターだろ? いつ決めたんだよ。なんだよ八辺村って。そこに何しに行くんだよ。いつ帰ってくるんだよ。お前がいなくなったらこの村の仕切り、誰がやるんだよ」

俺は矢継ぎ早に質問した。

「いっぺんに聞かないでよ。そんなに大それたことじゃないってば。八辺村の嘉分村の手伝いに行くことになったよ」

「嘉分村だって?!」

「くに、知らなかった? 私のばあちゃん、八辺村の頭梁衆の一人なんだ。八辺村、大きくなってきて、2年後に分割するからその手伝いに来てほしいって言われてたの」

「だって、お前、マスターシューレ、どうするんだよ? まだ2年残ってんじゃんか。それに、この村のことだって…」

「うん。マスターももちろん残っているから断るつもりだったんだけど、なえおばあが……」

「なえおばあが……?」

「この村のためにもなるから、手伝ってきてあげてって。最期に…」

「なっ! そんなの、断っちゃえよ。おまえは、マスター続けたいんだろ? この村の事だって、お前がいなきゃ回んないよ。今だって、みんなざわついてんじゃんか! 他人の村のことなんて、放っておけよ! 仲間のことだけを考えろよ!」

「まあまあ、くに、落ち着いてよ。 もう決めたんだからさ。 もちろんマスターは中途半端になっちゃうけど。また将来学べばいいし。 それにやっぱり、ばあちゃんが困ってるのを放っておけない」

「……何年だよ、いつ帰ってくるんだよ」

「うーん。そればっかりは分かんないなー。嘉分村の区切りって大体4年っていう話だけどねー」

俺は知ってるんだ。嘉分村に向かう女は、分割された若い村の頭梁衆に納まるっていう習わしがあること。大体、次の男頭の女房候補っていうことをね!!!

旅立ち 統合

俺は思った、なえおばあ、なんて余計なことをいうんだよ!って。

「でもさ、頭梁衆なんて、5人いるじゃんか、おまえじゃなくたって他のやつの身内呼べばいいじゃんか。嘉分村なんて、本当は成年衆がやることだろう? お前はまだ学生なんだからさ」

 俺はやたらと、むきになって言った。なのに、七瀬は、明るすぎるくらい軽い調子で

「いーの、いーの。本音は、嘉分村なんて、すごいことを手掛けられるのって、めったにないことだから、やってみたいって思ったのよ。ほんとよ。 だって、この村だって、きっと将来は嘉分村になると思うよ。だからその時はこの七瀬さまが戻ってきて、手腕をみせるってね!」

「いいや、お前、前にマスターのこと、すっげー充実してるっていってたよな。マスターの後の夢も話してたよな、お前…」

「もう!!!! もう!!! 行きたいって言ってるじゃない。行くことに決めたんだって! もう、決めたのよ。 本当に! 将来、この村のためになるからって。その為なら行きたいって思ったんだから!」

七瀬の顔は、真っ赤になって、少し歪んだ。だけど、すぐにそれを引っ込めて、いつものちょっと挑戦的な表情になった。俺は、七瀬になんていうのが一番なんだろう。

「七瀬、おまえは、そんなにみんなの事ばっかを考えなくても・・・もう、いいんだよ。・・・それは俺が引き受けるから。お前は、やりたかったことをやれ。遠慮するな。ちゃんと俺がいるから。心配するな。好きなことをやれよ」

なんなんだ、これ。何を言っているんだ。脈絡あるのか?通じているのか? 自分の言葉に驚いている。いつも肚の中と言葉が一致しているこの俺が、内と外とが一致していないし何を言っているのかもわかんない。だけど、いま、俺はこのてんでバラバラなことを言うのが精いっぱいだ。その上、俺は。

俺は、手を伸ばして七瀬の手首を掴んで、俺に引き寄せた。

小さく、「あっ」と言って、七瀬が俺の胸に身を預けた。

「いってこいよ。いつだって、自分の心に従えよ。俺らはみんなお前の仲間だ。七瀬が決めたことを応援するだけだよ。帰ってきたいときは、いつでも帰ってこい」

七瀬の鼓動と波動が伝わる。切ない思いと喜び? 俺のも伝わってるな、こりゃ。

ちくしょー。悔しいぜ。俺のが全部伝わっちまう!顔が赤らむのを感じる。

七瀬は、

「ありがと、くに。そして、悲しませて、ごめん。あんたとは心で繋がっているから。この先も一つだからね」

そして、上目遣いに言った。「私、挑戦してくるね。後は任せたから」

よし。これでいい。俺も一つ、大人になれたみたいだ。

(完)

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